形見分けのタイミングはいつがいいの?友人に着物を託した話

実家終い
HeungSoon / Pixabay
スポンサーリンク
スポンサーリンク

形見分けの着物を友人に託す

形見分けのタイミングはいつ?


忌明けが過ぎ、亡き母の仏事が一段落した今日この頃です。
遺品整理は、一旦手が止まったままの状態でした。


そんな時、生前母が所属し、お世話になっていた踊りの会の先生へ、会の着物を返却した際のこと。
「個人で所有していた着物を、良ければ譲ってもらえないか?」
と声をかけられました。


親族内での形見分けはこれからでした。
しかし、着物に至っては
「あっても誰も着ない」
との意見でしたので、満場一致でもらって頂く事になりました。


捨てるくらいなら、どなたかに引継ぎ着てもらえたら、母もきっと喜ぶはず。
いつか、私達側から声をかけようとは考えていましたが、いつ切り出したらいいのか迷っていました。
逆に声かけいただいて、助かりました。

ちなみに形見分けはいつが良いのか調べてみました。

形見分けの時期とは:
特に決められた定めはない。
四十九日法要などの、宗教儀式と合わせて行うのが良いとされる。
忌明けによって、故人は仏の元へ向かうとされている為、最後の見送りとともに個人を忘れない為の儀式とも言われる。

形見分けした内容


実家には、着物タンスが4棹あり、どれにもギッチリ収納されていました。
プライベートで着るものから踊りの発表会用、他にも祖父が着ていたと思われる古い着物までその数と言ったら・・・



明らかに古すぎて、もらって頂くレベルに満たないのものは、重さ(キロ)で買取りしてくれる衣料品専門のリサイクルショップに持ち込んでいました。
ある程度の整理は1/3程、すでに済んでいたのです。
手元に残っていたのは、主に踊りで着ていた物でした。



1/3の量にに減ったとは言え、運ぶとなるとそれなりの量になります。
そこで、会の人に実家に出向いてもらい、好きな着物を選んでもらう事にしました。



約束当日、会のお友達が来られました。
思い出話をしながら着物を選んで、残っていた着物の半分くらいもらって下さいました。



何でも新しいメンバーは、昔に揃いで作った着物は持っていないそうで、演目によっては発表会に出れなかったりがあるとのこと。
母の着物を誰かが着て出れると、とても喜んで帰っていかれました。



着物以外にも、備品の傘や扇子なども使ってもらえるのなら・・とお譲りしました。


無理矢理手放す必要はない?


「そんなに気前よく、思い出の品をあげちゃっていいの?」
と思われる人もいらっしゃるかも知れません。



それぞれの想いや価値観は違って当然です。
どうしても想い入れがあるものを無理に手放す必要はないと思います。
今回私達遺族は、物にあまり執着が無いのと、着物の需要が無かっただけですから。



私個人としては形ではなく、写真に残していつでも見える様にすれば良いという考え方でもあります。


例えば、実際の生活の中で引き継いで使えたりするものは、形として形見に残しておく。
しまい込んで、それっきりになるくらいなら写真で充分ではないでしょうか。



何なら、一つしか存在しない遺品は分ける事が出来ませんが、写真にすると遺族全員で保有する事が出来るという利点も生まれるので、侮れません。



物だって、誰かに使ってもらう方がきっと喜ぶんじゃないかな。
「きっと今頃、母も喜んでいると思います」
と伝え、踊りの会の皆さんへの形見分けが終わりました。



サバサバと形見分けしている様に聞こえますが、まだ入院していた頃の身の回り品とかは、ほとんど亡くなった日のまま放置してあり、今だに触れられずにいます。
いろいろ思い出してしまうから。
月日が経てば、向き合う事ができるのかなぁ。


いつまでも、このまま放置しておく訳にもいかないのでしょうが、もう少し時間が必要な気がしています。

ありがちな光景

昔、TVで見た話です。
母子二人家庭の、お母様が他界され、娘さんが実家を引き払い、賃貸アパートに引っ越した時の事。
そんなに広くないアパートの部屋の中は、お母様の遺品で埋め尽くされていたのです。



それこそ、娘さんが食事をするスペースひとつない程。
部屋の中を歩くのも、物をかき分けかき分け。
娘さんは、全てが思い出だから処分できないのだと言います。


何となく分からなくもない。
今の私は、まだ遺品に囲まれて生活している状況だから、これから先にじわじわとその娘さんの気持ちが分かって来るのかも知れません。
母が亡くなった実感が薄く、病院に行けば会える気がしてなりませんし。
いよいよ、実家を手放す時に、その想いを最大限に感じのかな?



常々、実家は住み心地が悪いだの、想い入れのはないだのと言ってますが、それなりに暮らしてきましたし、何より母の息づかいを所々に感じるのは事実ですからね。
それぞれ、想いや考え方は違うので否定する訳ではありませんが、でも、娘さんの普段の生活は不便だろうなと思わずにはいられませんでした。


 

さいごに


『故人はいつでも心の中にいる』
そう思う様にしよう。
だとすれば、物がなくても寂しくはないのかも知れない。



TVで見た娘さんも、これじゃあやっぱり不自由だと、その後少しずつ遺品整理を始められたと追記されていました。
無理矢理でなく、供養の気持ちを持ちながら少しづつ整理できるといいですね。
いつか暮らしやすい部屋に戻って、娘さんが生き生きと生活できる事が、実は一番の供養になるのではないでしょうか。



涼しくなった頃にでも、親族での形見分けをしようと思います。

 

後日談


踊りの会の先生が、母の着物をメンバーの方々に分けて下さったようです。
ご近所の方が、帯を使おうとした時に母の名前が書いてあったのを見つけて下さり、元気な頃を思い出しながら踊って下さったとの事でした。



きっと、母も一緒に踊っているのだろうな。
母の笑った顔が目に浮かびました。
こういう形で貰って下さった事を、本当に感謝しています。


 

コメント

タイトルとURLをコピーしました